小さな装置

今までメディアといえば映画,テレビ,新聞などであったが,それらがコンピュータをはじめとするデジタル技術によってひとつにデバイス,例えば,スマートフォンや iPad などに統合されつつある.メディアは,私たちの手で持つことができる軽くて,小さな装置になっている.現在,私たちはメディアをモノとして体験している.

このように考えるのは,私が普段使っているコンピュータのグラフィカル・ユーザ・インターフェイス(GUI) を人類の歴史の中でどのように位置づけられるのかを研究してきたことによる.マウスとキーボード,ディスプレイで構成される GUI は専門家の間では,不完全なものであり,新しいインターフェイスを早く開発しなければならないと言われ続けた.しかし,私たちの多くが GUI を今も使っているのはなぜか.私はこの疑問を,効率を求める工学的知ではなく,人間の本質を考える人文的知によって明らかにしたかった.ここから得たのは, GUI はヒトとコンピュータがコミュニケーションを行いながら共に進化していくためのメディアであり,それは私たちの行為と考え方を変える力を持つ小さなモノなのだ.

GUI を一般化させたのがアップル社だったように,私たちのメディア体験を大きく変えていく小さな装置を生み出すのは,アメリカの企業である.それはなぜなのだろうか.

「アップルはテクノロジーとリベラルアーツの交差するところに立つ会社,我々はベストなテクノロジーをつくりたいと思っているが,それを直感的にしたいと思っている.この2つのコンビネーションが我々にiPadをつくらせたのだ.」これは,iPad を発表した際にアップル社のCOE(最高経営責任者)のスティーブ・ジョブスの言葉である.アメリカには開拓者精神がある.そして,この精神が現在切り開いているのが,教養と技術とが交差している場所なのだ.人類が今まで培ってきたあらゆる知を技術と交差させることで開かれる地平があるのだ.それをアップルは iPad という小さな装置で実現しようとしている.

アップルだけではなく,グーグルもまた教養と技術とが交差する場所にある.グーグルが行っているのは,誰もが地球上の全情報にアクセスできるようにすることである.人類は自分たちで作り出した知識を分類・整理・保存するために図書館を作った.グーグルはこの図書館を技術の力で誰もが自由に利用できるようにしようとしている.

グーグルが行っていることは,著作権などのグレーの部分が大きいとも言える.そして,この企業はグレーの部分に対して自覚的である.今の環境では一部の法律を犯しているかもしれないが,その法律はインターネットが普及する前のものであり,いずれ変わっていくだろう.いや,自分たちで変えていくという強い意志をグーグルは持っている.なぜなら,そこに人類にフロンティアがあると信じているからである.

つまり,アップルとグーグルには,人類の文明を新しく切り開く開拓者精神があるのだ.これはこの2つの企業に限らず,人類の教養のあり方を技術によって変えていこうとする精神がアメリカという国にはある.この開拓者精神を体現しているのがパソコン,スマートフォン等の小さな装置なのである.だから,これらの小さなモノが, 新聞やテレビなどの言わば大きなメディアに対して大きな影響を持っているのは必然的なのである.

私たちは手の中の小さなモノから人類の教養にアクセスしはじめている.このように私たちを取り巻くメディアの環境が激変している「今」だからこそ捉えることができる人間の本質があるはずである.つまり,小さな装置とともに共進化していくという人間の新しい在り方である.

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