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シンポジウムのための抜き書きとメモ

シンポジウム_デジタルメディア時代の視覚と世界変容」のための抜き書きとメモ

メディア論,マーシャル・マクルーハン
電気の知識を獲得して以来,われわれはもう原子を物質として語ることはできなくなった.このことは大多数の科学者がはっきりと認識していることである.さらに,電気の放電やエネルギーに関する知識が増すにつれて,電気を水のように電線の中を「流れる」ものだとか,バッテリーの中に「含まれる」ものだとか考える傾向も減ってきている.むしろ,全般的に,電気は画家にとっての空間のようなものだとみなす傾向になる.すなわち,電気は,2ないしそれ以上の物体の特殊な位置関係を包含する可変的条件,とみなすのである.もはや,電気が何かに「含まれる」とする見方はない.画家たちは,かなり以前から,対象物は空間の中に含まれるものではなくて,みずからの空間を生み出すものであることを知っていた.(pp.164-165)

Most scientists are quite aware that since we have acquired some knowledge of electricity it is not possible to speak of atoms as pieces of matter. Again, as more is known about electrical "discharges" and energy, there is less and less tendency to speak of electricity as a thing that "flows" like water through a wire, or is "contained" in a battery. Rather, the tendency is to speak of electricity as painters speak of space; namely, that it is a variable condition that involves the special positions of two or more bodies. There is no longer any tendency to speak o…

シンポジウム_デジタルメディア時代の視覚と世界変容

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シンポジウムで話します.今年度から勤めている甲南女子大学の同僚の馬場伸彦さんたちと「画像」の話をしたいと考えています.基調講演は港千尋さんで,ディスカッションには新津保建秀さんも参加します.

私の「報告」のタイトル「画像は2ないしそれ以上の状態を包含する可変的条件」
はマクルーハンのメディア論の「オートメーション 生き方の学習」の章に出てくる以下のテキストからもってきたものです.

電気の知識を獲得して以来,われわれはもう原子を物質として語ることはできなくなった.このことは大多数の科学者がはっきりと認識していることである.さらに,電気の放電やエネルギーに関する知識が増すにつれて,電気を水のように電線の中を「流れる」ものだとか,バッテリーの中に「含まれる」ものだとか考える傾向も減ってきている.むしろ,全般的に,電気は画家にとっての空間のようなものだとみなす傾向になる.すなわち,電気は,2ないしそれ以上の物体の特殊な位置関係を包含する可変的条件,とみなすのである.もはや,電気が何かに「含まれる」とする見方はない.画家たちは,かなり以前から,対象物は空間の中に含まれるものではなくて,みずからの空間を生み出すものであることを知っていた.(pp.164-165) −−
テーマ「デジタルメディア時代の視覚と世界変容—写真とその周辺領域において何が起きているのか」

メディアは人間の身体と感覚に大きな影響をもたらしてきた.それは身体の外部を取り囲む「環境」であると同時に,内部の問題である「知覚」と有機的に絡み合っている.メディアは物理的な生活を変化させ,記号を操作し,「世界の意味」を変容させた.つまり世界そのものを変化させてしまう力をメディア/テクノロジーは蓄えていると言えるだろう.デジタルメディアにおける世界変容の本質は何か,それは視覚芸術においてどのような相貌を見せているのか.アナログからデジタルへと移行する過渡期的な現在において,それを考察することは視覚芸術の分野において決して無益ではないと思われる.

開催日時:2014年9月7日(日)13時00分〜17時30分
場所:六甲山YMCA(神戸)〒657-0101 兵庫県 神戸市 灘区六甲山町北六甲875
TEL:078-891-0050 FAX:078-891-0054

[第1部]
基調講演/
港千尋(多摩美術大学)
「ポスト情…

お仕事:メディア芸術カレントコンテンツへの記事_24

記事を書きました→Fach & Asendolf Gallery でCèsar Escudero Andaluz氏の《File_Món》が展示中

デスクトップ・リアリティについて考えました.デフォルトの機能・イメージでできることはまだありそうな気がします.また,iPhoneなどのスマートフォンでもこのような作品が出てくるのか,出てきたらとしたらどんな「形式」なのか気になります.

IAMASの「車輪の再発明」プロジェクトから「物質と情報」という二項対立の先を(少し)考える

マテリアライジング展Ⅱに出品されていたIAMASの「車輪の再発明」プロジェクトは,情報を物質に変換して終わりではなくて,それを再び現象へと変換しているところが良かった.

「物質と情報」という二項対立を繰り返していくと,そこで変わってくるのは「現象」なのではないかと考えさせられた.「物質」と「情報」と「現象」の明確な区切りはわからないけれど,このプロジェクトは「物質と情報」という二項対立の先に行っていた感じがする.

カッティングマシーンやIllustratorなどのソフトウェアを組み合わせて「音」という現象を情報と物質の両面から加工して,その結果を「レコード」として提示して,「レコードプレイヤー」で音を「現象」へと変換したものを聴く.物質としてのレコードとここで聴いている「音」そのものは特別にあたらしいものではないかもしれないけど,そこに至るプロセスのなかで「音」という現象のあり方が変化しているように考えられる.





LED光源によるや三原色への分解及びその投影と写植文字の投影も,情報がもともと物質に変換されていたものをあたらしい技術によって「現象」へと変換し直していているように思えた.レコードの作品が既存の再生装置における物質と情報との結びつきそのものである「溝」のつくり方をあたらしくすることで,これまでにない「物質−情報−現象」のプロセスをつくりだす方法を試すものだったとすると,LED光源によるプロジェクションのほうは,あたらしい技術でいかに物質から情報を引き剥がして現象にしていくのかの試みといえるだろうか.







「Paddles On!」と「インターネットヤミ市」に関する少しまとまったメモ

Paddles On! が前提としているのは「アートマーケット」.これはオークションだから当たり前だけれど,「ブラックマーケット」の「インターネットヤミ市」とは決定的に異なる部分.

Paddles On! はアートマーケットを前提としているけれども,そのアートマーケットでは「デジタルアート」と「現代美術」は決定的に異なる存在とされている.現代美術は「とても形式的なビッグリーグ」であるが,デジタルアートはそこに入り込めていない.Paddles On! はデジタルアートを現代美術のなかに組み込むためことを目標としている.だから,デジタルアートを1960年代からアートの流れに組み込む言説をつくりあげる.

Paddles ON! NY はデジタルアートを現代美術のプラットフォームであるオークションで扱うこと自体にとても「興奮」した雰囲気がある.そして,ウェブサイトやGIFといったまさに「非物質的」な「デジタルアート」を選んでいる.これはとても挑戦的である.アート界の外からは「なんで壁に掛けられない作品にお金を出すの?」といった感じである.まだまだ作品としてその価値を認められていないものを買うという行為は,ヤミ市に近い部分がある.

Paddles ON! London はデジタルアートは本当に現代美術に組み込めるのかというシビアな評価がなされている.デジタルアートは21世紀のアートの大きな潮流になるだろうが,20世紀初頭のシュルレアリスムやダダのような作品は出てきていないと指摘される.「作品」としての価値はまだまだ劣るということであろう.確かにロンドンに出品された作品はデジタルそのものではなく,デジタルな意識を応用した「絵画」「写真」「彫刻」が多かった.それらは「意識」はデジタルであたらしいかもしれないが,作品としての完成度は既にある「絵画」「写真」「彫刻」には敵わないものだったのかもしれない.この評価はあくまでも既存の評価軸のなかでの評価であるから,デジタルがあらたな評価軸をたてることになるとしたら,またその評価は変わってくるものであろう.

「アートマーケット」を前提とすることは,常に既存のアート作品と同じ評価軸でデジタルやインターネットの意識が評価されるということだから,これは意外と難しいのかもしれない.物質的なアートワールドにいかに非物質的なデジタルやインターネットを…

お仕事:「IDEA No.366 : ポスト・インターネット時代のヴィジュアル・コミュニケーション」に記事を書きました

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IDEA No.366 : ポスト・インターネット時代のヴィジュアル・コミュニケーション」に「ポスト・インターネットというプラットフォーム上で自生をはじめた複雑な生態系」という「ポスト・インターネット」の状況整理するテキストを書きました.
私の他にも,谷口暁彦さんの個人史に近い「ググっても出てこない,ぼくが知りうるネットアートについての歴史の断片,そして最近のこと」や,髙岡謙太郎さんの的確なまとめ「ウェブサービスにおけるヴィジュアル・コミュニケーションの進化」が載っています.
巻頭を飾るラファエル・ローゼンダールさんについてのテキストをセミトランスペアレント・デザインの田中良治さんが「退屈とクリエイション」というタイトルで書いています.「退屈」,いいキーワードです.あと,ローゼンダールさんのブログのテキストを日本語訳してくているのがとてもうれしい.ローゼンダールさんのテキストは,ネットと表現の関係が的確に書かれているので,それが日本語で読めるのはとてもいいです.
もちろん「ポスト・インターネット」のヴィジュアルも多数載っています! 普段はディスプレイで見ているものですが,紙に定着された状態で見るのもまた新鮮です.
あと「光るグラフィック」展も取り上げられているので,本当に盛りだくさんの「ポスト・インターネット時代のヴィジュアル・コミュニケーション」になっています. −− 以前,「光るグラフィック」展について書いた記事→「光るグラフィック」展から考えた「光」への感受性

ISEA2014_500w の日本語訳

5月にISEA2014に提出した500 wordsのアブストを訳してみた.インターネットヤミ市関係者にインタビューを終えた今,まだまだ考えることはあるし,それを英語にしていかないとならないなー.
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This paper discusses some differences between English language regions and Japan about a relationship of real world and the Internet for the art. 'Send Me the JPEG' at Winkleman Gallery or a digital art auction 'Paddles ON!'and 'the Internet yami-ichi [the Internet black market]' show each relationship between the physical and the Internet in English language regions and Japan.

[私はリアルとオンラインの関係について英語圏の地域と日本とのいくつかの違いを考えたい.Winkleman Galleryの'Send Me the JPEG’ 及びうデジタルアートのオークション'Paddles ON!’とインターネットヤミ市とのあいだにあるちがいは英語圏と日本でのアートにおけるインターネットとフィジカル空間との関係のちがいを示している]

In 'The Aesthetics of Net.Art,' Julian Stallabrass described that; "The ‘objects’ of Internet art are far from being conventional art objects. They are not only reproducible without degradation but are almost free to transmit." This point is concerned with the immateriality of art; the i…

お仕事:インターネット・リアリティ・マッピング(3)「JODIとエキソニモ(後編)」

DMM.makeでの連載「インターネット・リアティ・マッピング」の第3回の記事:ハッキングされているのはコンピュータか? それとも私たちか? が公開されました.今回はJODIとエキソニモを「身体」という軸で対比させたものです.

よろしくお願いします!

インターネットヤミ市4 in 札幌!

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8月3日=ヤミの日に札幌で「インターネットヤミ市4」が開催されました.今回の会場はさっぽろテレビ塔.第1,2回は床に直置きでしたが,今回は長机がありました.空調も効いていて,なんかとてもきちんとしたイメージではじまりましたが,時間が経つにつれ,ヤミ市独特の雰囲気になっていきました.特に,インターネットおじさん vs テレビ父さんとのクイズ対決は面白かった.

今回,私はいつもの「論文」ではなく「カーソル」や「カーソルについての講義」を売っていました.「カーソル」は3Dプリンタで出力したこともあって,結構売れました.

さっぽろテレビ塔でやっていることもあって,おじいちゃん・おばあちゃんがふらっと会場にいるのが面白かったです.あと,テレビの取材が入ったり,「札幌国際芸術祭」だから海外のプレスの人も来ていました.

ヤミ市で購入したものです.上の写真をプリントしたものは,新津保建秀さんのものです.新津保さんの『\風景』を追いかけてきた私にとっては,いや私でなくても,これは「お宝」ではないでしょうか.画像データの固定先として「普通」のコピー用紙が選択されて,「普通」にプリントアウト,いい感じの質感です.これはまた今度考えてみたい.

その下の生写真にはインターネットおじさんとIDPWのおふたりが写っています.いつみても,いい写真です.サイン入りです.新津保さんの写真もひとつはサイン入りです.

生写真のおとなりのピンクの額縁に入った絵はMerce Deathさんの「父の絵画.bmp(反アンチエイリアス派)」です.お父さんがWindowsのペイントソフトで描いた絵.「父の絵画」みたいなものが世界中のパソコンのハードディスクにあると思うと興味深いですね.そして,その下にあるがのが絵を買うともれなくついてきた「父とインターネット」by Merce Deathです.

「父とインターネット」のよこにある木の置物が「USBメモリ置き」です.出店者の名前は忘れてしまったのですが,普段,居場所なさ気なUSBメモリに置き場をつくってあげるだけで,ちょっとした高級感が味わえます.これ,結構好きです.

「ヤミいちにきたヨ」は「ユニットSD」さんによる「即時印刷サービス」でプリントしたものです.レーザカッターでアクリルを文字のかたちに切りぬいて,そのなかをマジックで塗りつぶしていくと出来上がります.セ…